平良南コース

【市指定:天然記念物・地質】ツヅピスキアブ

ツヅピスキアブ

平良字下里大原地区の丘陵地にあって、「ツヅキピスキアブ」「ツヅヒキホラ」とも呼ばれ、市内では最大規模の洞穴である。その特徴としては、 ①洞穴北端の陥没開口から南端開口部にかけて長さ約85mの貫通型の広い横穴である。 ②洞穴北端前方にはドリーネ(陥没地)が発達し、オオクサボク・クワズイモ等の環境指標植[...] 続きを読む ⇒

【市指定:典籍】本村家「報本」碑~もとむらけ「ほうほん」ひ~

本村家「報本」碑

この「報本」碑の書は、尚泰王時代の三司官向有恒(宜湾親方朝保)が、一門(向裔氏)である下地頭職向朝祥(本村朝祥・在任1851~76年)に贈ったものである。 この碑がどこで造られ、どこで彫刻されたか明らかでない。碑は直方体の石材を用い、右上より「同治甲子仲冬穀旦、向朝祥敬建、報本、向有恒書」の文字が刻[...] 続きを読む ⇒

【市指定:建造物】平良第一小学校の正門と石垣~ひららだいいちしょうがっこうのせいもんといしがき~

平良第一小学校の正門と石垣

平良第一小学校の石垣は、1932(昭和7)年頃に築かれた石垣と考えられており、建築後73年は経過している。現在、学校の敷地を囲っていた石垣のうち南側は校地拡張の為に無くなっているが、当時の正門を含む3辺の石垣は保存状態も良く残っており間知積みや布積み等、当時の石造建築技術の水準の高さを知ることが出来[...] 続きを読む ⇒

【市指定:建造物】西ツガ墓~にしつがばか~

西ツガ墓

益茂氏(ますもうじ)一門の墓は、東西二つ並列しており、いずれも“ツガ墓”と俗称されている。ツガとは升の意で、ツガ墓とは升のように真四角という意でも語られているが、他方、多くの人夫をやとい、石一升掘るのに粟一升をようしたということでツガ墓というとの伝承もある。岩盤を掘りおろしてつくられており、アーチ門[...] 続きを読む ⇒