市関係

【市指定:史跡、天然記念物】佐事川嶺凝灰岩層及び佐事川の陣地壕

佐事川嶺に分布する地層は、沖縄県南部の基盤岩である島尻層群に相当するものです。指定地においては、島尻層群内に二枚の凝灰岩層が確認できます。さらに凝灰岩層は上部に向かう凝灰質砂岩、そして泥岩と堆積変化を示すなど、地層形成時の古環境を容易に推測させることができます。  凝灰岩層の存在は、宮古島の形成に海[…] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】アラフ遺跡~あらふいせき~

アラフ遺跡(2800年前~1900年前)は、宮古島東部の新城海岸の海岸砂丘地に形成された、無土器期である先島先史時代後期(縄文時代晩期~弥生時代)の遺跡である。  この遺跡は、長さ800m程の概ね北面する砂丘にあり、前面海域にはサンゴ礁が発達し、後方陸側には低地帯を挟んで標高80m以上からはじまる急[…] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】大立大殿みゃーか~うぷだてぃうぷどぅぬみゃーか~

「大立大殿みゃーか」は、15世紀後半に宮古島の首長を務めた大立大殿の墓とされており、四方を長方形に切り出した石灰岩で囲み、その上に蓋石を乗せる「ミャーカ」と呼ばれる宮古島特有の墓形態をなしている。 祀られている大立大殿は1390年に宮古島で初めて中山朝貢をした与那覇勢頭豊見親の孫にあたり、15世紀~[…] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】旧西中共同製糖場跡~きゅうにしなかきょうどうせいとうじょうあと~

旧西中共同製糖場跡には、宮古島の基幹産業である製糖業を象徴し、沖縄県内でも希少な昭和前期の製糖工場の遺構との評価を受けて、平成25年6月に国登録有形文化財に登録された「旧西中共同製糖場煙突」が所在している。本来2本あったとされる煙突の内の1本と、隣接するボイラー冷却用の貯水槽を残すのみであるが、土地[…] 続きを読む ⇒

【市指定:有形民俗】パチャ(端)の石段~ぱちゃのいしだん~

1970年頃まで来間島には整備された港も車道なく、島への生活物資や人の交流もすべて石段近くの浜に小船で乗り着け、この石段を登って集落へ運び、島からの人や物資も 又、この石段を降りて浜から島外へと運び出していました。 島民は、この石段を集落の東端にあることから「パチャ(端)の石段」と呼び親しみ、来間島[…] 続きを読む ⇒

【市指定:有形文化財】ミャーツ墓~みゃーつはか~

この古墓は、宮古特有のミャーカの形態を継承しており、外周部を縦7.6m、横10.6m、高さ2.2mの規模で大きな切石を積み上げ、アーチ型の石造部を正面に配置しており石積の技術は精巧を極め内側には石室が2つあり、それぞれが縦2.8m、横3.4m、厚さ40~50㎝程の巨石で覆われている。 伝承に拠れば、[…] 続きを読む ⇒

【市指定:天然記念物(植物)】ミヤコジマソウ~みやこじまそう~

miyakojimasou

ミヤコジマソウは、キツネイマゴ科の多年草である。概して海岸崖下の砂地や石灰岩の上に生え、茎は倒伏して節部から根をおろし長さ10㎝内外となる。葉は対生し、径1~2㎝の円形に近い卵状広楕円形で、両面に軟毛がある。頂生する穂状花序は2~3花をつけ、苞を伴う。花は白色で径1㎝位、雄蕊を4個有する。果実は長さ[…] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】「乾隆三十六年大波」碑~けんりゅうさんじゅうろくねんおおなみひ~

「乾36年大津波」碑

与那覇前浜後方の丘陵地(俗称:前山)の中に高さ64cm、幅29cm、厚さ14cm、サンゴ石灰岩を加工した石碑が台座に据えられている。表の碑文の右側は、「乾隆三十六年三月十日大波」、中央は「宮国新里砂川友利」と判読できる。この石碑は、乾隆36年3月10日(新暦1771年4月20日)に発生した石垣島南東[…] 続きを読む ⇒

【市指定:天然記念物(植物)】ミヤコハナワラビ~みやこはなわらび~

ミヤコジマハナワラビ

ミヤコジマハナワラビはハナヤスリ科ミヤコジマハナワラビ属の多年草で、本種のみでミヤコジマハナワラビ属を構成する一属一種の植物である。根茎は太く、地中を横送する。地上茎は真っすぐに立ち上がり高さ20~40㎝、濃緑色でやや柔らかい。栄養葉は3全裂し、それぞれがさらに3~4裂する。裂片は長楕円形で長さ6~[…] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】ドイツ商船遭難之碑~どいつしょうせんそうなんのひ~

ドイツ商船遭難之碑

1873(明治6)年ドイツ商船ロベルトソン号が福州からオーストラリア向け出航したが、台風にあい宮国の沖合の大干瀬に座礁し難破した。宮国の人々は荒れ狂う激浪の中に、危険をおかして救助し、34日間親切ていねいに手厚くもてなし、帰国させた。ドイツ政府は宮国の人々の救助に感激し皇帝ウイルヘルムⅠ世は、187[…] 続きを読む ⇒