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【市指定:史跡】大川~うぶかー~

大川

掘削年代は明らかでないが、「雍正旧記」(1727年)に「大川掘年数不相知歴代二成及大破候、康熈五拾六丁酉年修補牛馬之用水所」と記述されており、1717(康熈56)年に補修工事がなされていることから、18世紀初頭にはすでに大川が存在していたことがうかがわれる。 当時の人々の暮らしにとって、牛馬は重要な[...] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】漲水御嶽と石垣~はりみずうたきといしがき~

漲水御嶽と石垣

宮古島創世の神話ならびに人蛇婚説話等にいろどられ、古代宮古人の源流をさぐる上からも貴重な御嶽である。南側石垣は目黒盛の玄孫・仲宗根豊見親(忠導氏祖)が1500年中山王府の先導で、八重山のオヤケ赤蜂征討にさいし、神霊の加護で勝利したら神域を整備、奉納しようと誓願、めでたくがい旋した戦勝記念に築いたと忠[...] 続きを読む ⇒

【市指定:歴史資料】忠導氏仲宗根家関係資料~ちゅうどううじなかそねけかんけいしりょう~

忠導氏仲宗根家関係資料

仲宗根豊見親を祖とする忠導氏は、旧藩時代には白川氏とともに宮古を二分するほどに勢力をふるった旧家である。仲宗根豊見親は与那覇原との戦いに勝って宮古を統一した目黒盛豊見親の玄孫で、白川氏三代目大立大殿にかわって、宮古主長になった人物だと伝えられている。 「球陽」によれば、1500年、仲宗根豊見親は八重[...] 続きを読む ⇒

【市指定:典籍】産業界之恩人記念碑~さんぎょうかいのおんじんきねんひ~

産業界之恩人記念碑

1925(大正14)年7月に宮古神社が建立された際、宮古の産業界の基礎をつくった下地親雲上恵根、砂川親雲上旨屋、稲石刀自の三者を顕彰して、同境内に建立したものである。碑の形状は縦264cm、横63cm、幅27cmの直方体でコンクリート造りである。 碑文は当時、沖縄史研究者として知られた真境名安興がま[...] 続きを読む ⇒

【市指定:典籍】恩河里之子親雲上の墓碑~おんがわさとぬしぺーちんのぼひ~

恩河里之子親雲上の墓碑

旧藩末期に建造されたもので、現存する墓碑では比較的古いものである。砂岩(高さ62cm、横33cm、幅上部5~14cm、下方17cm)を材料として使用している。 碑には右肩より「支流長真氏恩河仁也、乾隆年間卒。向姓恩河里之子親雲上墓・同治十一年壬申在番同氏花城親雲上記」の文字が刻み込まれており、下方に[...] 続きを読む ⇒

【県指定:天然記念物・植物】国仲御嶽の植物群落~くになかうたきのしょくぶつぐんらく~

国仲御嶽の植物群落

国仲集落の東200m、伊良部中学校の東隣りにある。正面の鳥居から幅約1.5m、長さ約90mの参道があり、その奥に約10m四方の石垣で囲まれた広場がある。広場には壁が石積みで屋根がコンクリートスラブ打ちでできた祠(ほこら)があり、祠(ほこら)の左右には獅子像がある。 周辺には胸高直径25~45cmのフ[...] 続きを読む ⇒

【県指定:史跡】スムリャーミャーカ

スムリャーミャーカ

来間集落の南約800mにあるスムリャー(長間家)一族のミャーカ(巨石墓)で、古くは来間大殿ミャーカ、近代にはグンソーミャーカとも呼ばれ、大正時代まで使用されていたという。東西約9m・南北約6.5mの長方形で、高さは2.5mある。上は、3.5m×3mの大きさの板状の石でおおわれている。柱となっている石[...] 続きを読む ⇒

【県指定:史跡】下地町の池田矼~しもじちょうのいけだばし~

下地町の池田矼

崎田川河口近く、国道390号線に沿っている。この矼は、琉球王国時代、平良から久貝・松原・川満を経て、洲鎌・上地・与那覇へ通ずる主要道路の一部であった下地矼道と共に架設されたと伝えられている。「雍正旧記」(1727年)には「池田矼、南北長20間、横3間、高サ9尺5寸村北ノ潟陸原ニあり」と記録されている[...] 続きを読む ⇒

【県指定:史跡】仲宗根豊見親の墓~なかそねとぅゆみゃのはか~

仲宗根豊見親の墓

15世紀末から16世紀初にかけて、宮古の支配者として君臨した仲宗根豊見親が、父・真誉の子(まゆのふぁ)豊見親の霊をとむらうために、築造したと伝えられている。宮古在来の“みゃーか”と沖縄本島風の横穴式の折衷様式で、沖縄本島と宮古のしげき文化の交流を裏づける代表的な墳墓である。 ≫Gooleマップで見る[...] 続きを読む ⇒

【県指定:史跡】ドイツ皇帝博愛記念碑~どいつこうていはくあいきねんひ~

ドイツ皇帝博愛記念碑

漲水港の近くの市街地に建つ記念碑は、ドイツ皇帝ウイルヘルムⅠ世の命によって1876(明治9)年3月20日に建立、22日除幕式が挙行された。1873(明治6)年7月、宮古島の南海岸・宮国沖合に座礁したドイツ商船ロベルトソン号の乗組員を宮古の人々が助けた。助けられた8人の乗組員たちは、1ヶ月余り看護され[...] 続きを読む ⇒

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