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【県指定:有形民俗】ウイピャームトゥの祭場~ういぴゃーむとぅのさいじょう~

ウイピャームトゥの祭場01

砂川集落の南方の上比屋山遺跡内にあるマイウイピヤー・クスウイピャー・ウイウスの籠(こも)りの儀礼に用いられる3棟の家屋は、祭場内の石垣などとともによく保存されていて、宮古の村落祭祀を理解するうえで極めて貴重である。3棟とも側面が琉球石灰岩の石積みで、高さ120~130cm程度の軒の低い造りである。そ[...] 続きを読む ⇒

【市指定:無形民俗】佐良浜ミャークヅツ~さらはまみゃーくづつ~

佐良浜ミャークヅツ

佐良浜ミャークヅツは、旧暦8月、9月の甲午(キノエウマ)の日から4日間「ムトゥ」を中心に、佐良浜の人達総出で盛大に行われる祭りである。ミャークヅツを行っているのは、池間島、平良・西原地区の三地域である。初日を「アラビ」・2日目を「ンナカヌヒー」・3日目を「アトヌヒー」・最終日を「ブートイビー」と呼ん[...] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】来間川(泉)~くりまがーいずみ~

来間川(泉)

来間集落北側の断崖絶壁に百段よりなる石段がある。この石段を下る数10メートルの絶壁下からこんこんと湧き出る島唯一の泉こそ、来間住民の生活に密着する命の綱である。何時の頃からか、泉の中に樫の木があり、かつてそれを取り除いたら水が出なくなって大騒ぎをしたという。 ユタに頼んで神に御伺いを立ててもらったら[...] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】松村家の井戸の縁石~まつむらけのいどのふちいし~

松村家の井戸の縁石

洲鎌部落の松村家は下地の主、川満大殿の子孫生家である。この宅地内に推定約500年前の物と考えられ、直径120cm、高さ65cm、内巾90cmの丸形のくり抜き縁石がある。この縁石は松村家と盛島家の双方にあるが、盛島家はひとまわり小型である。 川満大殿は1498年にベウツ川堀割工事、1506年池田矼を沖[...] 続きを読む ⇒

【市指定:史跡】川満大殿の古墓~かわみつうぶとぅぬのふるばか~

川満大殿の古墓

洲鎌部落東方にある巨石を積んだミャーカがある。川満大殿とその妻が葬られた巨石墓である。1500年.1550年ごろ築造されたといわれる。平民として田舎に生まれた川満大殿が、一躍下地の首長に任ぜられたことは、かつて例のない出世である。大殿は、寅年の人と伝えられているので、1458(天順2)年生まれと推定[...] 続きを読む ⇒

【国指定:史跡】先島諸島火番盛「遠見番所」来間遠見~さきしましょとうひばんむい「とうみばんしょ」くりまとうみ~

来間遠見

宮古島市5ヵ所(池間・狩俣・島尻・来間・砂川)江戸時代、鎖国体制下の1644(順治元)年に、薩摩藩支配の琉球王府によって設置された、海上交通の監視・通報(烽火(のろし)のろし)機能をになった遠見番所跡群。先島諸島は琉球列島の最西端に位置し、東シナ海の緊張に直面しており、対外関係と鎖国体制の完成を示す[...] 続きを読む ⇒

【国指定:史跡】先島諸島火番盛「遠見番所」砂川遠見~さきしましょとうひばんむい「とうみばんしょ」うるかとうみ~

砂川遠見

宮古島市5ヵ所(池間・狩俣・島尻・来間・砂川)江戸時代、鎖国体制下の1644(順治元)年に、薩摩藩支配の琉球王府によって設置された、海上交通の監視・通報(烽火:のろし)機能をになった遠見番所跡群。先島諸島は琉球列島の最西端に位置し、東シナ海の緊張に直面しており、対外関係と鎖国体制の完成を示す遺跡とし[...] 続きを読む ⇒

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